共同研究事業部代表 仲山陽子のこれまで

私は、2017年から法律による夫婦の離婚問題によって子供が親と切り離され、その問題で苦しむ人達のサポートをしてきました。それは、私も同様に同じ体験を持ち、裁判は終わり一区切りついたものの、元夫が和解内容を守らず、子供と会えないからでした。「どうしたら子供との状況を改善できるか?」とネットで検索を続けると、私と同じ体験をしている人がいることを知り、さらに検索していくと、子供とつながるために奮闘している「親子ネット」(親子の面会交流を実現する全国ネットワーク)という団体を見つけ、参加しました。親子ネットの自助グループでは、父親・母親問わず私と同じ体験をしている人が多数おり、情報交換をしておりました。

その後、親子ネットの運営委員として参加し多くの方の話を聞いたり、参加者と弁護士や臨床心理士との相談の進行役をしてきたり、時には薬剤師という仕事柄、心身の不調を起こし一時期薬に頼らないと働けない人も多いので、正しい薬の飲み方・依存状態から抜ける方法を伝えてきました。親子ネットの設立は2008年になりますが、私が活動を続けてわかったことは、私にも陳情を続ける先輩方と同じ問題があると気付き、法律が一番大きなネックであることがわかりました。その問題を解決することを考えているときに、知人から「ママエンジェルス」の立ち上げの話を聞き、法律を変えることができたらと思い参加しました。

その一周年イベントにサークル・ダルメシアン代表の岡田ユキが参加しており、私から声をかけさせていただいたことで、現在の共同研究事業部に繋がりました。岡田代表に会場でお話しさせていただいた時に自分の思いを必死で伝えました。

その後、改めてお時間を頂くことが出来、お話して分かったことは、岡田代表も私と似たような体験があり、なおかつ同じような体験者を助けて虐待のない世界を作りたいということを伺い、この方なら自分の思いを理解しなおかつ自分の抱えている問題も解決していただけるのではと思いました。

岡田代表が素晴らしいところは、自身の虐待の体験から心理の理論「岡田式AC判別法®」を作り上げて、虐待の被害者の問題解決をし、虐待に特化したカウンセラーCAP専門カウンセラーを育ててきていることです。本当に虐待問題を解決するには、虐待心理に特化した理論の「岡田式AC判別法®」が必要であると感じております。

虐待心理研究所 https://dalmatian.jp/


そして岡田代表に語った私が家族問題にかかわるきっかけは、自身の離婚問題からでした。
今の日本は、虐待やストーカーの被害者に対してシェルターに逃げることしか指導しません。

「された人・した人」双方に事実確認をすることなく、虐待やストーカーをしたとされる人は放置が現状です。
役所も警察も、加害者側を治療や更生するすべを持たないから関わらないのです。
それが元で、私の場合も、大変恐ろしい体験をしました。

それは主人との離婚後、居場所の分からなくなった息子たちを探して元夫の実家を一度だけ訪れたことがありました。
息子たちの安否を確認したくても、元夫は何も教えてくれず、母親として息子たちがきちんと夫に養育されているのか?
どのような環境で生活しているのか?きちんと食事を与えてもらっているのか?不自由はないか?心配だったからです。

その行為が私の知らないところで、ストーカーと認定されてしまったのです。
私に対して悪意を持つ元夫が一方的に手続してしまい、それで認定されてしまう現実に大変驚きと憤りを感じずにはいられません。
認定前にも認定後も1度も役所・警察から連絡もありませんでした。

これが現実です。

裁判所に行くことになるまでは、弁護士や裁判所は人として正しい判断をしてくれる場所と信じていました。
親権者(元夫)が裁判所で決められた和解内容を一方的に変え、裁判所を経ずに別居親(私)を排除する方向に、簡単に変えられる現制度では弱者の味方はいませんが、負けると分かりながらも、母親として息子たちに会いたい一心で立ちはだかる大きな壁に闘いをいどみ、惨敗を繰り返してきました。それは、現在も続いています。

そして、その問題を解決するために、また、同じ体験者が集まりこの理不尽な法律で苦しめられている人達を救うために動いている団体が「親子ネット」でした。私は東京で生まれ、二人姉妹の長女です。北里大学・薬学部卒、薬剤師として調剤薬局勤務です。高校生の時に父親が病気で倒れ、父親を助けるために看護師を目指そうと思いました。

しかし、事故現場等の大量の血を見ると気分が悪くなるため看護師の職が務まらないと思い、医療関係の中で薬剤師を目指しました。
大学時代の同級生と卒業後結婚し、夫の就職先(製薬会社)に転勤が多く、北海道・大阪・イギリス等に行きました。
私は夫の転勤についていくために、転勤先で仕事を探さなければいけなくて、結果夫にかかわる職場になるため言いたいことが言えませんでした。結婚後3年たっても子供ができず、夫が知り合いの医者に相談し、「一度調べてあげるからおいで」といわれたことから不妊治療が始まって、心も体もくたくたになりました。

その様子を見た夫は次に「精神科に行け」といい受診するも、診察室に夫が入ってきて診察時間をすべて夫が話して終わりました。
幸運にも妊娠し、母になる喜びを味わいましたが、夫の都合で家族方針を180度転換する発言を聞いた時にそれまでの心労がどっと押し寄せて動けなくなりました。

そして離婚となり、私が外出していた間に息子たちを連れて出て行き、夫の弁護士によって私は何一つ反論できずに親権は夫のものになりました。

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